天皇の天皇制からの解放-天皇解放論とは何か

第十四条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 今上天皇の「おことば」は世間を騒がせたが、そもそも私は象徴天皇制を廃止すべきだと思っている。ここではその理由を述べたい。なお、はじめに断っておくが私の立場は「反天皇」ではない。むしろ今上天皇には敬意を抱いている。だが、皇室に親しみがあるわけでも、関心があるわけでもない。これは自分のような若い世代において、多数を占める立場だといって問題ないだろう*1。

 そのような私が問題視するのは、象徴天皇制の非人道性である*2。皇族は表現の自由や信教の自由、参政権などを筆頭に、職業選択の自由など諸々の人権を制約されている。皇族以外にも重要な人権を制約されている人たちはいる。例えば公務員がそうだが、彼らは自らの選択でそうなったのであり、問題はない。すなわち、象徴天皇制の問題は「彼らは生まれながらにして人権を制約される」というところにある。

 現代において「我々は生まれながらにして人権を保有している」という理解が通説であることを考えれば、象徴天皇制の非人道性はまさにその真逆にある。皇族は皇族に生まれてしまったが故に、自由な人生を全うできないのである。仮に皇位継承者がLGBTに生まれてきたらどうするのだろうか*3? 象徴天皇制はこのような問いに対する答えを持ち合わせていない。

 ジョン・ロールズは無知のヴェールという概念を提唱した。我々は、どのような家庭に生まれるかを選択することができない。だからこそ、どのような環境に生まれたとしても本人次第で正当な評価を受けられるような社会設計をしなければならない。そういった議論だ。象徴天皇制の非人道性を議論することは、給付型奨学金を議論することの延長線上にあるといってもよい。

 そもそもとして、象徴天皇制は国民の総意に基づいているはずだ。すなわち、象徴天皇制が非人道的であるのはまさしく我々国民の選択によるし、その責任がある。これまで、我々は皇族に「象徴」という何の自由もない堅苦しい立場を押し付け、いいように使ってきた。我々は象徴天皇制を廃止し、「彼ら」を「我々」に迎え入れなければならない。「おことば」がその第一歩になることを願っている。

 

*1 平成の皇室観 | 世論調査 - 社会や政治に関する世論調査 | NHK放送文化研究所

*2 この考えの先駆けとなるのが中野重治「五勺の酒」(1946)である。中野は、当時封建的な視点から天皇制廃止を唱えていた共産党を痛烈に批判している。天皇について「個人が絶対に個人としてありえぬ。つまり全体主義が個を純粋に犠牲にした最も純粋な場合だ」と評価し、「天皇天皇制からの解放」を共産党こそが主張するべし、と唱えた。

*3 特に「男の子を産まなければならない」という前時代的プレッシャーが皇族にあることを考えれば、この問題は深刻である。

 

以下、資料として置いておく。

 一昨日、有栖川宮邸で東宮(後の大正天皇)成婚に関して、またもや会議。その席上、伊藤の大胆な放言には自分も驚かされた。半ば有栖川宮の方を向いて、伊藤のいわく「皇太子に生まれるのは、全く不運なことだ。生まれるが早いか、至るところで礼式(エチケット)の鎖にしばられ、大きくなれば、側近者の吹く笛に踊らされねばならない」と。そういいながら伊藤は、操り人形を糸で踊らせるような身振りをして見せたのである。[……]現代および次代の天皇に、およそありとあらゆる尊敬を払いながら、何らの自主性をも与えようとはしない日本の旧思想を、敢然と打破する勇気はおそらく伊藤にはないらしい。この点をある時、一日本人が次のように表明した。「この国は、無形で非人格的の統治に慣れていて、これを改めることは危険でしょう」と。

ベルツの日記〈上〉 (岩波文庫)

ベルツの日記〈上〉 (岩波文庫)

 

[……]主権なき国王の位地は、随分迷惑なものならん。将来人類普通の教育を受け、文芸そのたの嗜好を有する皇族様方にとつては、皇位につくことは、ずいぶん御迷惑の次第ならんかとも恐察し奉る。儀礼その他無意味のことがらに、多くの時間をとられて、自己天賦の嗜好を研磨する時間を得るあたはざる生活は、決してたのしきものではあるまい。将来は英国前皇帝の如く、皇位を避るものが増加するかも知れない。

尾崎行雄、1946年の衆議院における憲法改正賛成演説にて。旧字体は直してある。なお帝国議会会議録検索システムより閲覧できる。

 

※備忘録代わりに追記

[……]明治になって皇族が名実ともに超特権身分となり、天皇の「藩屏」とされた以上、彼らがこのような「ノブレス・オブリージュ」を課せれられるのもやむをえないところであった。そして皇族の中にはこのような期待に応えようと心掛けた人もいたこと、逆に全く無頓着な人もいたことも本書で見た通りである。

 後者のような皇族を批判するのはやさしい。富と特権を保証されながら、責務を果たさないのは「いいとこどり」で許されない。「崇高なる御天職」がいやならば、さっさと臣籍降下すればよろしい――。しかし、彼らも望んで皇族に生まれたわけではない。臣籍を離れることは皇室典範でも認められているが、実際にはそう簡単にはできない。このようなジレンマの中で、皇族たちは今のわれわれには不可解とも滑稽とも見える行動をとってきたのだ。

皇族と天皇 (ちくま新書1224)

皇族と天皇 (ちくま新書1224)

 

 

明仁さん、美智子さん、皇族やめませんか

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